咬合と脳への刺激
・はじめにこのような質問からはじめたいと思います。
 おせんべいを噛むと脳に刺激が伝わっていいという話がありますね。

長坂歯科 ええ。咀嚼は脳に刺激を与える。その刺激の本質は何かということです。これは生理学だとか解剖学では、それぞれの観点で解釈も変わってきます。
 わたしたち歯科からのアプローチとしては、ひとつに噛む力による物理的な刺激があります。
 噛むということは、まず歯に直接刺激が加わる。それが砕かれることによって、その歯の刺激は歯の、骨に伝わる。ガンガンガンガンと伝わると、今度は直接伝わるので、歯槽骨の周りに歯根膜という膜があって、そこでをしているのです。だから力はある程度抑えられた形で伝わるのですが、これが物理的な刺激です。  あともうひとつ物理的な刺激は、噛んだ力はどこで受けているかというと、これは左右の顎関節と28本全ての歯の回りにある歯根膜にかかっています。
 顎関節は、2つの関節が左右協調して動くような構造になっていて、正常な時、片方で噛んでいると、片方が側になって、付随して動くわけです。ですから片方が作業側で片方が牽引側でという状態がずっと続いていると、これまたいけないということになります。
 もうひとつ、なんで脳に関係するかというと、その刺激は当然物理的刺激として、関節頭から、側頭骨を直接叩くわけです。これも叩かれると困るので、関節円板というのが中に介在しています。顎関節症になって来ると、逆に関節円板に破壊が起こって来ます。
 それともうひとつ大きなのは咀嚼関連筋。これは収縮運動、あるいはその収縮による血流排除運動、それで脳内血流が変わってくるといわれています。このエビデンスは、名古屋大学の上田教授のデータで「MRIで見ると脳血流が変わっている」というデータもありますし、あるいは、われわれの仲間で東北大学の渡辺誠先生のところでは、「東北地方のある村では老人が多く住んでいて、そのなかの老人でも歯がある人と歯がない人がいますが、それで同じような食べ物を食べているので、同じような疾患になるのか」ということで研究をはじめたわけです。そうしたら、やっぱり、歯がある人はない人に比べて痴ほうが少ないというMRIのデータの結果が出て来ています。

アンチエイジングのために
・おせんべいを噛むという話から脳の話へ入って行きましたが、アンチエイジングということで日常での「かみ合わせ」を考えた時、どのようなことをしたらいいのでしょうか?
長坂歯科 たとえば、アンチエイジングというと年をとらない、年に抵抗するということですね。それなりの年、つまりエイジングという目安は、今までは年をとると視力が弱くなる、歯が悪くなって抜ける、あるいは耳が遠くなる、腰が曲がる、そういうのが自然現象とされていたわけです。実際わたしたちが歯科の臨床を診ている中で、聴力というものは測れば、エイジングによるしわざだけとは思えないところがあるのです。
 つまり、それなりの年の人が最初に測ってみたら、それなりの年の聴力を示していたと、ところが、「かみ合わせ」を改善し、バランスよく噛めるようになった時点での計測で、それまでの年だと言われている状態が改善している。ということで、今までそう思い込んでいたに過ぎないんじゃないかなということになります。中には確かに年のせいも当然ありますし、細胞も劣化したりしますからね、あるいは成長の速度が遅くなってきたりということもあると思いますが、全てそれで片付けるのは危険じゃないかな、と言うことが最近分かって来ました。
 それで、歯科によるエイジングということでは、歯周病は年だよということが一般的な考えですが、それに対して抵抗することが出来るということが分かって来ました。
 つまり片方で噛んでるから、その歯の周りに物理的な刺激が来る、その刺激のために歯槽骨の周りを圧迫して、早期接側状態ということになります。そのため歯ぐきの周りが炎症を起こし、慢性的な炎症というのは血液の循環障害が起きるわけですから、酸素の供給量が少なくなったりすると、栄養が来ないわけです。したがって、その歯槽骨に酸素の供給を断たれることによって、骨がやせて、吸収するということになります。それは年だけじゃなく、若い人でも多いにみられることなのです。
 だから、これも十把ひとからげにエイジングのせいとは言えない。そういう人の場合どのような対処をするかといいますとバランス良く噛めるように義歯が必要なら作り、バランスよく噛めるようにすると吸収して下がっていた歯槽骨が改善して来ます。  こういう例はいくらでもあるんですよ、特にわたしが『読売新聞』で書いている「医療ルネサンス」での例ですが、この人は他の歯科医院で治療をしていましたけれど、歯周病がかなりひどくなって、歯周病で歯を抜かなければいけないと言われて、わたしのところに来られたのですが、歯を抜かずに、何とか歯の固定をして、バランスよく噛むようにしていったのです。抜けと言われた歯はそのままにして5年も6年も経っていますが現在も健在です。逆に最近は新しい歯槽骨が出て来たという結果になりました。
 かみ合わせのバランスをよくすると一カ所に掛かる過重を軽減すると同時に、いままで噛めていなかったところの、噛まないところも悪くなります。それはどうしてかというと、、あるいは自浄作用がなくなる。それはご飯を食べて、砕かれて、歯肉を食べ物の流れで掃除するというサイクルがある、例えば繊維質のものを食べると歯と歯の間がきれいになる、つまり使わなくても吸収しダメになる、使いすぎても吸収する。ですから、バランスの良いかみ合わせにすることが大切です。
 その辺はパノラマ写真やさまざまデータが揃っていますから、既に歯科治療においては一般化した考えになりつつあります。

バランスよく噛めればアンチエイジングに
・歯のかみ合わせを良くするポイントは?
長坂歯科  つまり悪い歯をほっとおいてはいけない、ということです。それから、抜けていたらほっておかない。入れ歯でもいいから入れる。痛いところは治す。
 そして、心得は奥の歯でばっかりで噛んではいけない。右ばっかりで噛んだり、左ばっかりで噛んではいけません。つまり、28本全ての歯を使ってまんべんなく使えるような状態で食べるようにした方がいいということです。
 また、習慣的に食べ物を意識して食べるのがいいです。例えばガムの場合でしたら、一カ所で噛まない、左の奥で10回、左の犬歯あたりで10回、右の犬歯あたりで10回、右の奥で10回と全体でまんべんなく噛んでという具合にかみ回しすることによって、均等圧が歯に掛かる、ということは、適当な刺激を受けて、周りの組織も活性化されます。
 それから、食べ物も、前の歯で食べるようなものをたまに食べた方がいいですね。フライドチキンを食べるとか、ハンバーガーを食べるとかして、奥歯で噛んで食べる食べ物ばかりでなく、さまざまなものを食べることをお勧めします。
 日本人や東洋人は、お箸を使い、最初に噛むのは、左の奥が多くなります。ですから左の聴力低下が多いという傾向になります。結果、左ばかりでなく、右でも噛む、前でも噛むと意識して食べて行く。いろんな意味でアンチエイジングが起きて来るということです。
 ただし、アンチエイジングが起きているかということが本人には分からないわけです。これは、実はどういうことが指標になるかと言いますと、聴力の場合だったら、耳鼻科に行って測っておいた方がいいですね。
・指標として事前に聴力を測っておくわけですね。
長坂歯科 そうです。バランスよく噛む改善をする前に、耳鼻科に行くんですよ。耳鼻科に行って、オージオメータで測ってもらうんです。
・耳鼻科に行って、聴力の測定で、オージオメータを測ってくださいといったら、耳鼻科の先生はビックリしますね。
長坂歯科  それも健康診断のための右に2つのポイント、左に2つのポイントという聴力検査では意味がなくって、フルスペック、125ヘルツから、8000ヘルツまでの、左右を測定してはじめて分かります。そうすると自分の特性、耳のどこが悪いかが、分かるわけです。それで歯が悪ければ歯の治療をして、バランスよくかめるような状態にし、そしてバランス良く噛む練習をして、それでもう一度耳鼻科に行くんです。その時に改善があったら、そのときアンチエイジングが起きたということになります。それによって自分で年ではないぞ、と証明することが出来るわけです。
・それはいい指標になりますね。
長坂歯科 もうひとつは、肩がこった、と言う時に、頭位のバランスによって、肩こり、つまり噛んでいる側の筋肉が異常に緊張して、噛んでない側が付随して動くわけです。そうすると、噛んでいない側にうっ血が起き、頭が傾き、バランスを取るために異常緊張するというメカニズムはいま研究中ということになりますが、噛んでない側の肩がこる、腕の機能とか、腰の痛みが、さらにその反対側に現れるということは、すでに本書の中でも述べたように、全身の状況でイコライジング効果とスタビライジング効果が起こっているわけです。  はじめに自分で判定しておく必要があります。つまり、とてもじゃないけど頭が痛いよ、とてもじゃないけど肩がこっているよと感じる時は、数字の3をいれて置く、それほどでもないときは数字の2、バランスよく噛んだ後、もう一度、今度はどうだろうということを思い返してみる、それで、さっきよりも改善していれば、3から2になったとか、さらに改善していたら、2から1になったとかと、これを習慣的に計測すると、おそらく数字の変化が確認できるようになってくると思うのです。しかし、歯が悪い人はこれは出来ないわけですから、まずは、歯医者さんに行って、自分の歯を治さなければいけません。  そして、自分の指標になるポイントを探すことになります。頭痛でもいいし、肩こりでもいい、人によっては視力も変わるので、これを自分の指標にしてもいいのではないかと思っています。ただ、わたしの場合は、聴力の関係はオージオメータで調べてますが、現象的に比較すると変わって来たと言う患者さんが多いことに気がつくのです。
・先生の本を読まさせてもらいまして、噛むことが、からだ全体に影響があるということがよく分かり、噛むという重要性は分かりました。それでその証が聴力であるということですね。
 それで、顎関節症という症状以前に日常的に持っている症状の原因のルーツにかみ合わせの悪さからによる関連症であるかもしれないという指摘が「ああ、そうか!」という驚きととともに認識させられたように思います。
長坂歯科 そうですね。わたしは聴力、聴力と言っているので大学での専門の先生方はわたしが聴力の専門に思われているんですけど、実は、聴力から入っていったんではなく、たまたま「かみ合わせ」が「聴力」と関係があることを発見したことによるためです。もともとは顎関節症を研究していたんです。  顎関節症というのは、口腔外科では、口が開かない、顎が音がする、あるいは痛いという、この三つしかないんです。ただし、顎関節症の教科書を見るとその他に関連症状としていろんなものが出てくる。例えば、頭痛がある、肩こりがある、腰痛がある、というようなことで、これは本の中でもさんざん述べて来ましたが、これも最初に研究をはじめた時は、暗中模索の中での状態で、実際の治療ということは分からなかったわけですから、ただ、分かったことはかみ合わせのバランスをよくすれば、を訴える人が減ってくるということにたどりついたんです。
 これが、非常に面白くって、やっていくうちに、たまたま聴力を測った人が、改善したので、これは本格的に調べなければと思い、今日に至っているわけです。
 それで、この話をいま話すことかは分かりませんが、東北大学の渡辺誠先生がやっている、「咀嚼とはバイオフィードバック」。バイオフィードバックとはどういうことかというと、生命反射と言いますか、生体反応でフィードバックしているわけで、つまり、寒い時にガタガタ震えるのは、実は、筋肉が緊張して発熱作用を起こす、これは当然分かるわけで、発熱するから脳の中の血液も、それと同時に、咀嚼関連筋が動くことによって、脳の中の血流が変わる、つまり、寒い中で、眠くなっても、寝てはいけないよ、っていうことをオートマティックにやっている。それから寝返りがそうですね。知らない間に寝返りをする。つまり、同じ側で寝ていると床ずれになり、痛いから反射的に寝返りをしている。
 実は、咀嚼、歯ぎしりそのものは、音がするからいやだ、歯科医の先生も歯ぎしりをやめさせなさいと言うけど、実は歯ぎしりというのは、3歳くらいの幼児でもします。ストレスによるものではない。歯ぎしりそのものは、脳の中の血液を正常化しているひとつのバイオフィードバックであるということです。それから、頭の位置の前後的、および左右的バランス、つまりイコライジング効果とスタビライジング効果を自動的に行っている、これも生理的な反応ということで「かみ合わせ」に携わる先生方でもそのように思われてる方々が多いですね。したがって、スプリントなども、歯ぎしりに対応したものを使用していただきたい。音がするというのも、かみ合せ自体が悪く、歯のあたる場所が局所的になるので、歯が異常振動して音がするわけです。生理的な歯ぎしりはむしろ止めてはいけない。そういうことが今日のコンセンサスになっているようです。
 咀嚼機能は食べ物を食べて、砕いて、消化する過程の第一歩であるとともに、脳の血液を正常化している、頭の位置を正常化しているという役割があるらしいというデータが出て来ています。
・「歯のかみ合わせ力」読まれている方々でも、本の内容が難しい部分もあると思うのですが、ひと言、キャッチフレーズのような言葉はないですか。 長坂歯科 ひとつこういうのはどうですか、これはわたしの言葉ではないんですが、わたしの恩師である愛知学院大学の榊原先生がある雑誌で書かれた言葉ですが、「歯はからだの杖」とおっしゃっていたのです。「歯の支えがないと体は曲がります」ということですね。端的に表している言葉です。これにわたしの話から「聴力は咬合のセンサー。聴力を見ることで、かみ合わせの善し悪しを見ることが出来る」つまり、かみ合わせが悪いと筋肉の異常運動が起こり、脳血流がかく乱されるような状況になり、聴覚器官のリンパ圧が変わってくる。その左右の差あたりから聞こえが良くなったり悪くなったりということがありそうだということが分かって来た。バランスのいいかみ合せは、バランスのいい全身を作る。それを測るものとして咬聴計を使うのがいい、ということです。

美容と小顔のために
長坂歯科  実は噛みぐせの状態を、外面から見ることは可能なんです。つまり、口を開ける時、どっちに開くかということです、下顎がまっすぐ下に下りている時はいいけれど、右か左に牽引されて、「あー」と開けた時に、右に引かれたり、左に引かれたり、閉じた時に、口唇線、鼻から下、正中線がまっすぐな人はあまり多くはいません。つまり、人の顔を右半分、左半分と合成写真を作ってみると全く別人になります。ということは、右側、左側それぞれの位置が違うということです。噛んでいる側に唇が上がってくるのです。テレビなどでタレントや出演者などを観ていましても、まっすぐな人もいれば、かなり歪んだ人もいます。
・これはわたしたちでもかなり気になることですね。
長坂歯科  そうですね。そのようになる人も同じ側で噛んでいることが多いんです。それではどうすればいいかと言いますと、バランスよく、両方で噛みなさいという指導をすることで変わってくると思います。顔貌は変わって来ます。その点は、以前、『日経ヘルス』という雑誌で「小顔になりたいんですけど、かみ合わせですか」というので、それの影響が顕著です、と答えましたが『日経ヘルス』のところでモデルを使いまして、一週間「かみ合わせ」を練習したそうで。練習前、練習後の写真が出ていて、唇はまっすぐになっていました。そういう実験をするのも面白いですね。顔のシンメトリー、対称性というのは、両方で噛むことによって起こってきます。